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土肥には様々な民話があります。
そんな民話・伝承より恋愛・交通安全・安産・病気などに効くと云われる話の中から当宿が厳選した徒歩、乗用車、小型マイクロで巡ることができる場所を選んでみました。

民宿・潮騒→花の小径(世界一の花時計)→黄金の湯(足湯)→青面金剛の石碑(大久保大守院)→咳のばあさん(小下田)→恋人岬→幸福地蔵→立木釈尊→(屋形天理教・中学校を通る)→金米さん(横瀬)→木くぐり(土肥神社)→まぶ湯(馬場)→(中浜三叉路)→悲母観音像(小土肥)・・・という順番で効能巡りするのがお勧めです。


花の小道(世界一の花時計)
平成3年6月18日に完成した直径31mの世界一の花時計は時針12.5m、250kg、分針8.8m、200kg、秒針10.8m、80kg、文字盤はタイル張りで土肥温泉にふさわしく「波」と名産の「白枇杷」をイメージした文字盤の周囲にはサルビア、マリーゴールド、ベコニア、ペチニアなど四季を彩る花が一万本植えられ、午前8時から午後9時までの正時には電子チャイムが美しい音楽を流してくれます。

その花時計周囲には「花の小道」と云われる小石を敷き詰めた道があり、健康歩道として靴を脱いで足踏みをしながら歩くとツボを刺激し健康に良いといわれています。



土肥の温泉(世界一の花時計周辺)
土肥温泉噴湯(温泉モニュメント) 土肥温泉史の起源としては、安楽寺境内の「まぶ湯」を発見年としております。
発見については、慶長15年(1611年)説と延宝年間(1673年)説がありますが定かではありません。

しかし、室町時代中期(1400年代)から土肥では微温泉が湧いていたことは土肥屋形の稲宮神社での水口正入道の早場米の故事でも知られております。

土肥温泉の歴史は600年にも及びますが旅館に本格的に内湯として利用されはじめられたのは明治35年頃からであります。

この頃から温度は50度近くあり現在でも温泉源では52度と当時と余り変わりません。
土肥の足湯(正式には黄金の湯と呼びます) 土肥温泉丸(夏休み期間中のみ土肥の海水浴場各所に設置される水着で入れる露天風呂です)
安楽寺のまぶ湯(現在は入浴できません) 明治、大正、昭和を通じて来遊した文人、墨客も詩や歌に小説に温泉の事を披露しています。
その中でもズバリ土肥の温泉を表現したのが昭和9年6月号の「文芸」に発表した土肥が舞台となった「M子への遺言」の作家竜胆寺雄の詩にこんな感じで表されています。

土肥の湯は金の鉱脈に滲みて湧く湯、身を沈めれば、玻璃(水晶、ガラス)のごとく澄んでいる、また口に掬すれば、長寿の味がすると・・・。

土肥温泉の中心である「世界一の花時計」周辺には24時間無料で利用できる足湯が設置されており、また夏には下の海水浴場に無料温泉が設置されます。
万病に効くと云われる温泉だけに利用者は後を絶ちません。



八木沢・大久保地区、大守院の青面金剛の石碑
大久保の大守院には弘法大使が数珠をかけたと云われる石がありますが、その隣には「なくした物が出てくる」と言い伝えられる青面金剛の石碑があります。

金品を盗まれたり、失ったりしたときはこの石碑を左縄になった荒縄できつく縛っておくと不思議に失せものが出てくると云われ、石碑の頭、腹、腰などの縛る箇所により盗んだ人は、そこの所がひどく痛むので返すと云うことが伝えられています。



小下田地区・下村の咳のばあさん
江戸時代中期、小下田の下村地区に来た一人の女の人が咳に苦しむ村人の為に薬草を調合して治療しておりましたが亡くなってしまいました。

村人は彼女の遺徳を讃へ供養塔を建てました。
その後、村人がこれを「咳のばあさん」と呼んで病気回復を祈願するようになりました。

特に子どもの咳に特効があるとされお参りする人が竹筒にシキミ花、お茶のでばななどを供えています。



小下田地区・恋人岬のラブコールベル
土肥の福太郎と小下田のお米(よね)の恋物語に由来するもので相思相愛の二人は遠方なので毎日会うことができませんでした。
お米は毎日のように近くの三島神社にお祈りをしました。すると「お米、ここに二つの鐘がある。一つを福太郎に授け、毎日鳴らし愛を確かめ合うとよいぞ」と神のお告げがありました。

毎日、土肥の屋形から船で恋人岬を通って漁に出る福太郎と小下田の恋人岬に立つお米は互いに鐘を鳴らして愛を確かめ合い、やがて二人は結ばれました。

この民話にあやかり今では恋人岬の先端に取り付けてあるラブコールベルは「二人で3回鐘を鳴らすと恋が実る」として若者の恋人宣言をする人たちが後を絶たないほどの名所となっています。
グアム恋人岬と姉妹提携記念に設置された恋人岬・金の鐘(ラブコールベル) 恋人岬先端展望台にある愛の鐘(ラブコールベル)



小下田地区・富士見台の立木釈尊像
土肥でも富士山の眺めが良いという富士見台にある松の木の幹に昭和10年に小下田菅沼の東腐屋旅館館主土屋正郎夫妻は平素の信仰心から旅人の安全を願い東京牛込の仏師仲丸奥童氏を招き釈迦の立像を彫刻しました。

昭和54年に立木釈尊は、松喰い虫の被害に遭い枯れてしまったので樹脂加工を彫刻家石川季彦氏が施しました。

今では「旅の安全祈願」に効果がある釈尊像として、祠に祀られ旅人の安全を見守っています。



横瀬地区の金米さん
その昔、金兵衛さんと云う旅人が土肥にやってきましたが旅の疲れで病気になり横瀬のお堂に住みつきました。
横瀬の人は哀れに思い、食べ物を運んだり、看護をしましたが1733年に亡くなりました。
臨終にあたり金兵衛さんは横瀬の人に感謝し「私が死んだら、道端に埋めてください。そして病気で悩む人は私の埋めた所を踏んで下さい。そうすればその人の病気を治します。」と言い残しました。
村人は云われた通り金兵衛さんの亡きがらをねんごろにとむらい道端に埋め石碑を建てました。
以来、病気の人がこの石碑に祈願すれば霊験あらたかであったというようになりました。
特に眼病、イボ取りの仏として近郷の人達の信仰を集めていったと云うことです。イボとり神様、仏様は現代医学の技術に暗示療法プラスアルファーの力を持つイボとり神様、仏様の力を借りればより効果的に治療できると考えるお医者さんもいるようです。



馬場(ばんば)地区・安楽寺のまぶ湯
慶長15年のことです。土肥の安楽寺の隣仙和尚は、久しく疝気を患っていたがどうしても治らず苦しんでいました。ある時、和尚は寺に祀ってある薬師如来に二十一日間「病気を治して下さいと」願をかけました。
満願の夜に和尚は夢うつつに如来のお声を聞きました。「寺の北方の山裾を掘ってみるが良い、そこに霊水が湧くはずじゃ。その湯に入浴すれば、お前の病気はきっと治るであろう」翌朝、和尚は親しい友人の金山採掘の役人間部喜兵衛を訪ね、訳を話し、山を掘ってもらいました。15メートルほど掘ると岩間から熱い温泉が噴き出しました。和尚は喜び、お経を唱えながら入浴すると日に日に病は回復し、間もなく全快したと言います。
この話を聞いた村人もこの湯を浴びに集まるようになり大変繁盛しました。村人はこの温泉を「まぶ湯」と呼びました。
ちなみにまぶとは鉱山の坑道のことです。
樹齢1,000年を越える安楽寺入口の大楠 伊豆八十八ヶ所霊場、八十六番札所である安楽寺は山号:吉祥山、曹洞宗(最勝院・末)、草創は不明、663年(天智天皇時代)行基が、当地に来て自から彫り上げた如来像を祭祀したのが始まりです。
その後、山崩れで再興不能になり、荒廃が続きました。
1534年(天文三年)最勝院の僧・精賢が寺を整え安楽寺と改称、曹洞宗に改宗しました。

樹齢1,000年を越える大楠の木、樹高25m、根回り14.2mにもなるこの巨木は静岡県指定の天然記念物にも指定されています。
ここは土肥温泉発祥の“まぶ湯”があり観光客も多いのです。
まぶ湯の奥には女性器を形取った御神体を祀った夫婦神社があり、夫婦円満や安産祈願などに御利益があると云われています。本堂の壁画は仏様描かれています。



小土肥・永源寺の悲母観世音菩薩
近江大地震による津波被害により小土肥は大きな被害を受け津波の後は病気、食料不足により村は修羅場状態となり、さながら生き地獄のようでありました。
栄源寺の僧は身を清め35日間の断食を行い、観音経を唱えながら等身大の悲母観音像をほりあげました。悲嘆と絶望の淵に沈んでいた村人もその観音像の姿を見て生気を取り戻し家業に精を出したと言います。
悲母観音はこの世に生を受けた子どもたちの健やかな成長を願う観音様でああることから、台座内にヘソの緒を納めておけば成長を見守ってもらえると言われています。
現在の悲母観音は明治29年に火災で焼失したものを昭和41年10月に再建したものであります。



土肥神社の木くぐり
土肥神社は御祭神「豊御玉姫命」をお祀りしています。

その昔、海山水農の神々即ち産土神をお祀りしていました。

里人は此の社の石垣は、江戸城築城の際、築城石を切り出した薩摩藩の石工達によって築かれたと云われ石切や引き出し石積み等の時に歌われていた仕事歌が今日までに伝承されている「さつまころがし」だと云われ秋の例大祭や節分祭の直会の席で今でも歌われています。

「木樹の間潜り」とは御神木の槙の枝が隣の御神木の楠と一体になり結び合っている現象で、大変に珍しく丁度、鳥居の様に見えます。

人々は此の木と木の間を潜ると御神木の霊気により不思議に良いことが起こり、若い人が潜れば良縁に恵まれ、縁結びの木、夫婦和合の木、学業に専念する気になり学業成就、仕事をする気になり商売繁盛、健康になる気になり身体健全、厄難消除、その気になって心願成就を祈願しながら潜って下さい。

「木と樹の間」を潜るところから訛って単に「きくぐり」と云われています。









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